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「回避性人格障害」だったと気付いた経緯



自分が「回避性人格障害」「回避性パーソナリティー障害」だったと気付いたのは、この本を読んでから。ごく最近のことだ。


「誰でもいいから殺したかった」


秋葉原殺傷事件」の犯人と自分が同じだと気付いたのがきっかけだった。



この本に興味を持ったのは、先月 渋谷で開かれていた「死刑囚絵画展」を見に行ってから。
 
死刑囚、特に この絵画展には展示されていなかったが、酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)
いわゆる「少年A」について、深く知りたいと思ったのが理由。
少年Aは未成年だったため(事件当時14歳)死刑にはならなかった。
いや、なれなかった。


私は今まで、自分が「アダルトチルドレン」だということは知っていた。
それに気づいたのは、20歳くらいのとき。
書店に並んでいた心理学の本を(たしかワニブックスだった)手にした時だった。
自分に対する禁忌もわかっていた。何が原因かも。

自分の力では到底解決はできず治療もできない。
そして治せるのは誰でもない「自分自身」しかない、ということ。

「誰も助けてはくれない」

それに改めて気付いた。



ウィキペディアに出ている「回避性パーソナリティー障害」の症状


【症状】

APDの患者は自分の欠点にばかり注目しており、
「自分が排除されることは決してない」と思えたときだけにしか人間関係をもとうとしない。
喪失や排除の体験は過去の経験により彼らにとってあまりにも辛すぎるため、
人と繋がるようなリスクを冒すよりは、むしろ孤独を選ぼうとするのである。



・非難や排除に対する過敏さ
・自らすすんで社会的孤立を選んでいる
・親密な人間関係を熱望していながら、その一方で、社会的な場面においてはあまりにも引っ込み思案である
・他者との交流を避けようとする
・自分なんかふさわしくないという感覚
・自尊感情の低さ
・他者への不信
・極度の引っ込み思案、臆病 親密さを求められる場面でも情緒的な距離を置いてしまう
・非常に自己意識的(=いわゆる自意識過剰)
・自分の対人関係の問題について自分を責めている
・職能上に問題を生じている
・孤独なる自己認識
・自分は人より劣っていると感じている
・長期にわたる物質依存/乱用
・特定の思い込み(fixed fantasies)に囚われる。


私のことだ。

私は30年以上友人皆無だと公言してきた。
実際、私に宛てた年賀状は一通も来ない。
勤めに出ていた頃は勤務先の数名からお義理のあいさつ年賀状が来ていたが、
専業主婦になってからの今は、届くのは ごく少数の親類からだけだ。

そして、それを寂しいとは思うが負担だとは思わない。
むしろ友人や知人があるということの息苦しさや居心地の悪さ、重さの方がはるかに強かった。

相手に見返りを提供できなければ友人としてある資格はないという不安があった。
自分の存在理由、存在価値。
自分が相手に対して居る・ある意味がなければ存在してはならないという思い。
「ただ、居れば良い」「ただ生きているだけで良い」という
そのごく当然で当たり前の事実を受け入れることができなかった。

そうなった経緯は、自己のアダルトチルドレン(AC)である経緯にある。

間違った、歪んだ価値観から、本来の自然な自分のあり方を見失ってしまった。

「見失った」という表現は適当ではないかもしれない。
「見失った」ということは、それを持っていたが失ったということだから。
「見失った」のではなく、最初から持っていなかった、知らなかったという方が適当かもしれない。

私は何十年もの間、助けてくれる人を待ち続けた。渇望し続けた。
いろいろな人に、いろいろな条件下で、それを求め、ことごとく失敗してより深みに嵌まっていった。

最近では「昼顔」と表現されるらしいが、ひと昔前は「婚外恋愛」だった。
表現の違いこそあれ、できる限り罪悪感の伴わない表現にしてあっても
簡単に言えば不倫ということだ。

私は、これに溺れていた過去がある。
相手は4人。期間は12年を超える。

結局、誰ひとり助けてくれる筈はなく、自分が変わるしかなかった。

これから、少しずつ そのことについても書いていきたいと思う。





最後まで ご覧いただきまして ありがとうございました。
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