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献体





ある日、私は彼に聞いた。
「献体の手続きは、どうしたら良いの?」
「え?」
彼は一瞬、何のことかわからないという目で私を見た。
「もし、私が病気か何かで急に死ぬようなことがあったら、
私の体を献体したいのだけど」
「どうして、そんなことを?」
「私は、何もあなたの役に立てない。
もし私が死ぬようなことがあったら、
私の体を使って研究の役に立てて欲しいから。
あなたの役に立たなくても、誰かの役には立てるでしょう。
                          学生さんの解剖実験とか」
「やめてくれないか」
「なぜ?私ではダメですか」
「そうじゃない」
彼は、ひどく苛立たしげに私を見て
「君は、献体された遺体が、どんな扱いを受けるかわかっていない。物同然に扱われるんだ。
いいかい、だいたい君が死ぬということを考えさせるなんて、やめてくれないか」
彼は本気で怒っていた。とても悲しそうな目で私を見て。
「君の体にメスを入れる、君の遺体を、そんな扱いをさせる。そんな残酷なこと、よく思い付くね」
生きていても何の役にも立たない。私がいることで彼を苦しめる。
彼だけではなく、私の業のために多くの人を傷付けている。
死んで私の体が、たとえ ぞんざいに扱われようと、それは私の受ける報いで誰のせいでもない。
そんなことでなら、もしかしたら私は少しは救われるかもしれない。
私のこんな体でも使い道はあるのではないかしら。
「無理ですか?」
「もう、その話はやめなさい」
彼は、それ以上 一言も話さなかった。

ふと、私が死ぬことを、この人は悲しんでいる。嫌がっている。それが不思議な気がした。
それほどまでに愛してくれているのなら、私が献体したいといっただけで、それほど怒るあなたが
私の身体は切り刻まなくとも、私の心は切り刻んでいるという事実は、どうなのでしょう。
でも、それはあなたがしていることではない。
無理を承知で、あなたを求めている私が悪いのでしょう。
あなたは私の犠牲者で、あなたは何も悪くない。
今、ここにこうしている私は、あたなにとって いったい何なんでしょう。
信じる。ただ、それだけしか私にはなく、あなたの言葉一つ一つを何度も何度も考えて、あなたの態度、あなたの雰囲気、そうしたものから推し量ることしかできない。愛しているという、その言葉を、
ただ信じるしかない私は、あなたにとって いったい何なんでしょう。死んで遺体になって物になったとき
私の心が消えたとき、あなたは初めて私というものを見て、
あなたの感情、あなたの心に気付いてくれるのかもしれない。

あなたの手で殺してもらえたら、そんなにうれしいことはないでしょう。
そうしたら私は永遠に、あなたのものでいられる。
あなたなら簡単でしょう。私が苦しまずに済むように優しくしてくれるに違いない。
でも、あなたは決して、そんなことはしない。してくれない。
もし、その時が来たら、私は一人で自分で自分を消すことになるでしょう。
たとえあなたに私の心が殺されたとしても、決して私の身体をあなたは殺してはくれない。
体を殺すことは犯罪でも、心を殺すことは犯罪にはならない。罪にはなっても。

夜の闇の中。明かりを消した車の運転席と助手席。
お互いの顔もハッキリとは見えないような場所。
これが私達の世界。
永遠の闇の中を彷徨っているような私の心を、あなたはどこまで理解してくれているのでしょう。
形あるものとして、あなたに私の体を捧げます。献体。
でも、それは拒否するのですね。

「生きていてくれないか」
「・・・」
「僕のために、生きていてくれないか」
彼は、フロントガラスの向こう側の夜景を、遠い目で見ながら、そう言った。
「辛い思いをさせていることは、十分承知している。すまないと思ってる。
でも頼むから生きていてくれないか。役に立つ立たないなど、どうでもいい。
そんなこと考える必要はない。君がいてくれる、それだけでいいんだ」
彼の眼に、うっすらと涙が滲んでいることに気付いて驚いた。

どうしようもない。今は、どうしようもない。
では、いつまで待てば良いのでしょう。
あなたを信じて待っていたら、いつか何かが変わるのでしょうか。

そして、私は何度も死に損ない、彼を失った今でも、まだ生きていて
献体という、私の小さな望みも未だ叶わずにいる。
臓器提供の手続きはできているけれど、誰に話しても私は、きっと天明を全うして大往生だろうから
そんなお婆さんの臓器など使い物にならないと笑われる。
そうして笑ってくれる人がいる。
それが私にとっての本当の幸せということなのかもしれません。

でも、今でも まだときどき思います。
あなたに殺してもらえたら幸せだったと。
私の心ではなく、身体を殺して欲しかったと。





最後まで ご覧いただきまして ありがとうございました。
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